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生命科学コースでは、大学Web上で講義、学生のさまざまな活動や卒業生の声を連載形式で紹介しています。本年度は、昨年の新任教員インタビュー(金岡教授)に続き、教員の研究活動をインタビュー形式の連載としてお届けすることにしました。第一弾として、植物遺伝学を専門にしている福永教授の活動を紹介します。
Q ご専門やこれまでの研究について教えてください。
専門分野は、植物遺伝学や育種学です。育種学は植物の品種改良の分野です。その中でも遺伝資源や栽培植物の起源が専門です。
遺伝資源というのは、品種改良のための材料です。作物の野生種やもうあまり利用されなくなった昔の品種なども含まれます。例えば、図1はトウモロコシのその祖先のテオシントと呼ばれるメキシコに自生している野生植物です。テオシントは枝分かれをたくさん出して小さい穂をたくさんつけます。また熟すと種子がばらばらと広がっていきます。おまけに硬い殻をつけます。種子も簡単に発芽しません。自然に生えていて子孫を残すのにはその方がよいのです。トウモロコシはそれに対して少ししか茎がありません。そこにとても大きな穂がつきます。穂が皮に覆われていて熟しても自然に種子が広がることはありません。また種子も殻に覆われていません。種子を播くとすぐ発芽します。人間が種子を播いて栽培して育てて収穫するにはこちらのほうが都合がよいのです。このような違いは数少ない遺伝子で決まっています。数千年前の人間たちが最初はテオシントを集めて食べていたのが、やがて栽培するようになりました。種子を播いて栽培し収穫するということを繰り返していく過程で突然変異によりこのようなものが徐々に出来上がってきたと考えられます。これはイネやムギでもそうですし、野菜や果樹でも栽培のものは野生のものと遺伝的に異なるものになっています。これを栽培化(domestication)と言います。動物でも、ブタはイノシシから、イヌはオオカミからできたとされていますが、これも同様です。日本語では家畜化と訳されますが、英語では植物と同じドメスティケーション(domestication)とされています。
図1 野生種テオシントと栽培種トウモロコシ
また、栽培化された植物は起源地から、人の手によって広がってきました。歴史の授業などで、弥生時代に稲作が日本に伝わってきたというのをきいたことがあると思います。また、アメリカ大陸起源の、トウモロコシやジャガイモやトマトはコロンブスがアメリカ大陸を発見した後になってようやくヨーロッパやアジアに入ってきたというのもきいたことがあるかもしれません。人の手によって運ばれるにともなって起源地とは違う気候に適応したり栽培する人間の嗜好性によって性質が変わってきたりしています。
このような野生種や昔ながらの栽培品種(在来品種)や今はもうあまり栽培されていない改良品種などをひっくるめて、遺伝資源と言います。今は直接役に立たないかもしれませんが、今流行っていない病気に強かったりストレスに耐性があったりなどします。図2はさまざまな雑穀と呼ばれるものの写真です。これらも貴重な遺伝資源です。また、作物の在来品種というのはその土地その土地の文化と結びついてきたもので、文化財のような一面もあります。例えば、京野菜などを考えていただいたらわかるのですが、食文化や風土と密接に結びついています。また、作物は祖先野生種の自生できる範囲をはるかにこえる地域で栽培することができます。このさまざまな環境に適応できる遺伝子は何なのか野生植物の研究ではわからないようなことを知ることができます。進化生物学の材料としても非常に面白いです。ダーウィンの進化論は、変異と選抜によって進化が起こるというものですが、まさにそのわかりやすい例であると言えます。
余談ですが、広島県には独自のジーンバンクがありましたが、残念ながら予算などの関係でこの度廃止になりました。つくばにある農研機構のジーンバンクにも重複して保存されているのですが、アワ?キビについてはこちらでも引き取ることにしました。また、来たばかりのころ広島県のジーンバンクからハトムギの系統をいただいて論文をひとつ書いています。すぐには役に立たないが重要な遺伝資源やそれを用いた研究成果を世に発信していきたいと思います。
図2 雑穀類遺伝資源とトウモロコシ
研究材料としては、マイナーですが、雑穀の中のアワを使っています(図3)。雑穀というと貧しい人の食べ物というイメージがあり最近は健康食品というイメージがあるかもしれませんが、黄河文明で主食であったりアジアやヨーロッパでは重要な作物であったということが知られています。我々の歴史を知る上でもカギとなる作物です。また、祖先野生種は道端に生えているエノコログサであることも知られています。私たちは世界中のアワ遺伝資源のコレクションを用いてさまざまな遺伝子について進化遺伝学的な研究をしています。目下、エノコログサからアワへの違いを決める遺伝子や適応に関わる遺伝子、形の違いを決める遺伝子などの研究を行っています。図4はアワとエノコログサの写真ですが、こんな雑草からこんなごっつい穂の作物になったって不思議だと思いませんか?この違いを遺伝子レベルで解明しようというのが今研究していることのひとつです。図5は、最近の論文からの図ですが、アワの出穂期に関わる遺伝子を同定して地理的な分布をみたものです。分布を広げるのにキーとなった遺伝子のひとつなのではないかと思っています。
図3 世界中から収集られてきたアワ在来品種の穂.このようなさまざまな形の違いを決める遺伝子は何かDNAレベルで調査しています。
図4 エノコログサとアワ.路傍に生えているエノコログサが栽培化されたものがアワです。どうやってこのような形態の違いなどが生まれたのかを遺伝子レベルで調査中です。
図5 出穂期に関わるPRR37遺伝子とその地理的分布(Fukunaga et al. 2022).PRR37は体内時計に関わる遺伝子です。この作物が南北に広がるのにこの遺伝子の機能低下が必要だったと思われます。
最近はゲノム科学の面からも注目されておりゲノム解読もされており世界で雑穀類や野生種の研究も増えています。地球環境変動は先が見えません。イネやムギ類、トウモロコシなどの穀類以外の、ストレスに強い雑穀類やその野生種なども研究していく必要があります。また、得られた知見は、イネやトウモロコシなどの作物に応用させることもできます。作物がどのようにして広がってきたのか?どのようにしてできてきたのか?という過去に対する問いは、これからの気候変動にどのように適応していくのかという未来に対する問いへの答えにもつながっていきます。
博士号取得して県立大学に来るまでの9年半はなかなかポストがありませんでした。上記のトウモロコシの栽培化の遺伝子の研究をしているアメリカのウィスコンシン大学のJohn Doebleyのラボや野生植物Spartinaの倍数性進化を研究しているフランスのレンヌ第1大学のM.L.Ainoucheのラボや、環境問題を学際的に研究する京都の総合地球環境科学研究所にいたこともあります。当時はキャリア面ではなかなか厳しい時期でしたが、あとから振り返って見ると視野を広げるのに重要な時期だったと思います。
Q 研究者になろうと思ったきっかけなどはありますか?
子供のころから図鑑を見たり昆虫を飼ったりしていて漠然と研究いいなぁと思っていました。どうしてこんなに多様な生き物がいるのか、みたいな感じで、進化生物学もなんとなく面白いと思っていました。あと歴史や人類学みたいな文系分野も好きでした。大学に入ってから農学部なので、農学っぽい本を読んでいましたが、中尾佐助「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)が、上に書いたような栽培植物の起源とか栽